雑誌インタラクティブ1997年冬号に掲載された沼沢茂美さんの写真と、以前にハワイ島で星を眺めた知人の”7cmの小さい望遠鏡だったものの、大きい望遠鏡も含めて、今まで見た中で最高の星空だった。”という言葉に触発されて、新月を挟んだ2002年5月中旬に、短焦点屈折を携えて、ハワイに星を眺めに行きました。ハワイはこの時期には珍しく雷雨に見舞われましたが、雷雨が去った後の晴天という幸運に恵まれ、充分に見事な星空が堪能できました。
当時は、偶然にも夕空に5つの惑星が集う機会に恵まれました。ハワイの空はさすがに世界の天文台が競って観測地にしているだけあって、高山ゆえの透明度の高さと安定した気流の状態のおかげで星々が天球に張りついていました。水星は既に雲の下で見ることはできせんでしたが、木星は細かい縞が、金星は丸い金色の姿が、久しぶりに眺めた火星は視直径が小さくなりながらも赤く、揺らぎもなく見えました。唯一土星だけは低空だったために大気の影響を受けていました。地球照をともなった三日月も印象的でした。
月が沈んだ後は春の銀河巡りです。麓のカフルイの町の灯が夜空を明るくしていますが、構わずに望遠鏡を向けます。エッジオンが好みなので、大熊座のNGC3079や、3198、山猫座の2683、子獅子座の3432、その他諸々の小宇宙を眺めます。日本でも猟犬座の4631は小口径に薦められている対象ですが、同じ視野には見えにくいとされている4656があります。ここでは4656が見えるどころか、括れの部分もはっきり分かりました。小宇宙は多分、50個以上眺めたので全てを語ることは出来ませんが、10cmでも11等台の銀河は楽勝で見えました。どれを眺めても素晴らしかったのですが、特に印象に残っているのは、上記の4631と4656、中央を横切る暗黒帯の濃淡まで見えた電波銀河5128、それから乙女座銀河団の中で、M84から88の若干4度弱の視野に7個の小宇宙がひしめく様に一度に見れたことです。唯一、4517だけが、ハワイの空でも淡い対象でした。それでも11.2'*1.5'のボーッとした大きさは確認できました。
圧倒的だったのはオメガ星団とエータカリーナです。オメガ星団はこれでもかというくらいに大きく、周囲は分解して見え、エータカリーナは天の川の背景の星々をバックに淡く、そしてO3を噛ませるとまるで写真の様に浮かび上がってきました。このときばかりと南天の対象を眺めていると祭壇座に球状星団NGC6397を見つけました。まばらなタイプなのでM11のように綺麗に分解して見えます。お気に入りが一つ増えました。
そして真打は低倍率の天の川下りです。4度弱の視野はこれでもかというくらいの星々に埋まっています。しばらく小宇宙や球状星団を眺めてきたので、圧倒的な星の数の多さと、星の色に感動します。天の川の星々を背景に浮かび上がっている干潟星雲と三裂星雲は見事の一言。さらに三裂星雲の上の反射星雲(これは写真では青く写る星雲です。)まで見えています。同じく天の川の星々に浮かび上がるオメガ星雲M17。素晴らしいの一言に尽きます。O3を入れると確かに星雲は浮かび上がってきますが、ヌケの良い美しい空の下ではフィルターを使わない、星々に埋まった生の星雲の視野が一番好感が持てました。網状星雲の濃い部分はやはり天の川の星々を背景に浮かんでいます。何気なく覗く視界に名も知れぬ星や散開星団、暗黒帯、星雲が入ってきます。これぞ、リッチフィールドの真骨頂でしょう。望遠鏡をヘラクレスに向けると、池谷-張彗星とM13が同じ視野に入ってきました。このランデブーも格別でした。
望遠鏡で眺めるのに疲れたので裸眼で星空を眺めることにしました。そこにはすでにS字を描くさそりが天高く昇っていて、漆黒の闇に浮かぶ暗黒帯を伴った天の川が天球を縦断しています。まさに吸いこまれそうな星空です。天の川の淡い部分がその縁をアンタレスから上方に大きくカーブしています。天の川がこれだけ大きいと感じたのは、沿岸部から1000km程内陸に入った西オーストラリアの砂漠で見た時以来でした。また、よく見ると、南斗六星の下の、我々の銀河系の中心方向の最も濃い部分は仄かに輝いていました。太陽系が銀河系の縁にあることを念頭に置くと、宇宙から、この仄かに輝いている銀河系の中心方向を眺めることができるとしたら、このように神秘的に見えるものかと思うと畏怖の念さえ覚えました。星見でいつも思うことですが、望遠鏡でしばらく覗いた後に、何気なしに自分の眼だけで眺める星空が、最高で、そして一番の贅沢だと思います。
今回のハワイ旅行では星空はもちろん充分堪能しましたが、同じ様に楽しかったのは現地での人との出会いでした。ハワイはアメリカ本土から星の写真を撮影したり、眺めたりする人が結構、訪れるようです。今回のハワイはこの時期にしては天候が悪かったらしく、2週間滞在してやっと天気が良くなったというので登ってきた方がいました。南十字がこの時期に見えるとは知らなかったので、その方にエータカリーナを教えてもらいました。根っからの星好きなのか、翌日、シカゴに出発で滞在最後の日にも拘わらず、CCDやスターパーティの話などを聞きながら、12時頃まで一緒に星を眺めました。池谷-張やオメガ星団、O3を入れたエータカリーナに感動してました。中国からの旅行者に、木星、金星、土星、火星、月を見せてあげたら、まさに”アイヤー”と感嘆の声を発してました。都会に住んでいるために、普段、眺めることの出来ない星空を見るために登ってきた日本人の観光客の方にも小宇宙や天の川を見せてあげると、小さいシミながら、そのいろいろな形と何百万年前かの光を見ていることに感動してくれたようです。このような星空を通しての人との出会いと会話。これも楽しいものです。
標高3000mのハレヤカラ山頂の星空は素晴らしいの一言に尽きますが、世界の天文台が立ち並ぶマウナケア、隣のマウナロア、そしてハレヤカラはハワイアン達にとって信仰の聖地です。科学や旅行産業のためとはいえ、現地の方達には複雑な感情があるようです。したがって、リゾート地とは言え、本来は招かれざる客だったのかもしれません。海軍の天体観測所もあるので、車のヘッドライトがそちらに向かないように注意もしました。そんな無礼な珍客に、猛雷雨の後に降るような星空を堪能させてくれたハワイの神々に感謝して山を降りました。
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